カレワラ・ジャーナル

デザイナーの肖像画
パウラ・ハイヴァオヤ
「パウラは少し違う星から来たみたいな人でした。むしろ、未来から来たのかも」。彫刻家のヨハンナ・ハイヴァオヤさんが、母であり、デザイナーだったパウラ・ハイヴァオヤさんについて語った言葉です。
カレワラの90周年は「勇気」の物語です。その象徴ともいえる存在が、パウラ・ハイヴァオヤ(1929–2011)。1963年、アートとデザインの世界がほぼ男性に占められていた時代に、カレワラ・コル初の女性チーフデザイナーとしてキャリアをスタートさせました。その超モダンなフォルムは、「ジュエリーとは何か」という概念そのものを塗り替えました。今回、パウラの娘であり彫刻家のヨハンナ・ハイヴァオヤさんに、母について語っていただきました——多くの人が知る、あの独創的なデザインを生み出した人物としてのパウラと、ごく限られた人だけが知っていた、一人の人間としてのパウラについて。
90周年を記念し、パウラ・ハイヴァオヤが1964年にデザインした「ヒンメリ(Himmeli)ネックレス」がオリジナルのデザインのまま復刻され、新作を加えてラインナップを拡大します。さらに、アバンギャルドなシルバーヘアバンドからインスピレーションを得た新コレクション「ケハ」(Keも登場します。

パウラ・ハイヴァオヤ。母として、そして一人の人間として。
あなたご自身についてお伺いしたいのと、パウラ・ハイヴァオヤさんが、あなたの人生にどんな存在だったか教えてください。
私はヨハンナ・ハイヴァオヤ、美術家です。フランスのノルマンディーとフィンランドを拠点に、主に彫刻家として活動しています。ジュエリー&ファッションデザイナーだったパウラ・ハイヴァオヤは、私の母です。
彼女は、アーティストとして、そして自立した女性として、私にとって一つの理想像でした。また、私の家族—子どものサラとレオ—にとっても大切な存在で、フランス生まれの子どもたちがフィンランドの文化や精神性を自分のものとして受け止める手助けをしてくれた人でもあります。
お母様の「形」や「美」への向き合い方—アーティストとしてだけでなく、一人の人間としての姿勢——が凝縮されたような、印象に残っているエピソードはありますか?
60年代のことです。あるフランスのファッション誌が、両親の家を取材にやって来たことがありました。母は緊張した様子で、ミリ単位まで気を配りながら物の配置を整えていました。そこへ雑誌のスタイリストが、部屋を「華やかに見せよう」と花束を持ち込んだのですが……その花束は、あっという間にゴミ箱行きになってしまったんです。パウラに生まれつき備わっていた洗練された感覚と、妥協のないフォルムへのこだわりは、完璧になるまで何も世に出すことを許さなかったのです。
アーティストの家庭で育つ中で、お母様がアーティストとしてそこにいたことが、あなた自身と世界観に直接影響を与えたと感じる瞬間や習慣はありましたか?
ものづくりに対する情熱的な向き合い方、そしてすべてがぴったり収まるまでデッサンや型を磨き続ける姿勢です。それから、自分の仕事の価値を理解し、それを大切に守るという意識も、母から受け継いだものだと思います。
意外と知られていない、パウラ・ハイヴァオヤさんの一面はありますか?
音楽への関心は人一倍強かったのですが、母は歌うのがどうしようもないくらい下手でした。しかも困ったことに、耳はとても良かったので、自分の歌がずれているのはわかるのに、どうしても音程を合わせられなかったんです。
アーティストとその観点
お母様は、ジュエリーを「心の道具」と表現されていました—単なる装飾品ではなく、一人の人間の自己表現の一部として。これは、どういう意味だったと思いますか?
ジュエリー(あるいはもっと広く、アート作品)は、多くの場合、人生における大切な瞬間や出来事を祝うために手に入れるものです。それは、強い感情や誰かとの出会いと結びついていて、そのときには、何年経った後でも、その瞬間や、その人と自分たちをつなぎとめてくれる、手で触れられる具体的な存在になるのです。
「ジュエリーは、心地よい服と同じように、心の道具です。けれども服とは正反対に、ジュエリーはそれ自体で完結している——身につける人がいてもいなくても、揺るがない存在なのです。」—パウラ・ハイヴァオヤ
パウラさんは、当時ほぼ男性が独占していた業界のパイオニアでした。ご自宅では、それが彼女にとって何を意味していたのか、あるいはどこから力を得ていたのか、話すことはありましたか?
女性がアーティストとしてキャリアを積み、それを家庭生活と両立させることは、今でも男性より難しいとされていますが、50年代・60年代においては、それはほぼ不可能に近いことでした。正直なところ、あらゆる反対(外部からのものも、家庭内のものも)を受けながら、あれほど素晴らしいジュエリーの数々をデザインし、形にし、その傍らで私を育て上げた母のことを、私自身いまだに理解しきれていません。家族の中に二人のアーティストがいて、しかも片方が男性であれば、そこには必然的に競争関係が生まれます。そして少なくとも当時は、それは女性のキャリアを後押しするようなものではありませんでした。
あなた自身も美術家であり彫刻家でいらっしゃいます。ご自身の作品の中に、お母様の造形言語を見出すことはありますか?
母の造形言語の全体像を本当の意味で知ったのは、ここ数年、アーカイブと向き合うようになってからのことです。もちろん子どもの頃からその中にどっぷり浸かって育ちましたが、当時はパウラの作品がどれほど素晴らしいものか、理解していませんでした。もちろん、自分自身の制作にも母からの影響はあります——軽やかさ、浮遊感、そして「軽さ」を追い求める姿勢。それは彫刻において、今でも最も到達し難いものの一つです。パウラがよくインスピレーションを得ていた科学やテクノロジーの進歩も、自分自身の制作に反映されていると感じます。
「彼女の影響は今も、そしてむしろ以前にも増して、今日のジュエリーデザイナーたちの作品にはっきりと見て取れます」—ヨハンナ・ハイヴァオヤ

継承と、現在
ヒンメリは、カレワラの90周年に合わせて復活します。カレワラは、パウラ・ハイヴァオヤさんの造形言語からインスピレーションを得た新しいコレクションも発表します。これについてどう思われますか?また、お母様ならどう感じると思いますか?
カレワラが、自社初の女性チーフデザイナーのことを覚えていてくれるのは、とても嬉しいことです。パウラの素晴らしい作品は、残念ながら時々忘れられがちですが、その影響は今も、そしてむしろ以前にも増して、今日のジュエリーデザイナーたちの作品にはっきりと見て取れます。パウラは控えめな人で、彼女の作品はあまりにも知られておらず、公の場で目にする機会も残念ながらほとんどありません。今後開館予定の新しいデザインミュージアムが、ようやくこの状況を正してくれることを願っています。
パウラは芸術的なデザインにおいて一切妥協しない人でしたので、生産技術上あるいは商業上の要求と衝突し、難しい状況が生まれることもありました。とはいえ、彼女の素晴らしいジュエリーがコストの都合で多くの人々の手の届かないところに留まってしまうのは、残念なことです。だからこそ、こうした新しいコレクションには意味があります。そしてもしそれをきっかけに、ユニークピース(一点もの)のジュエリーにも関心を持つ人が増えるなら、なお嬉しいことです。
お母様の考え方や生涯の仕事の中で、今日、特に時代に合っていると感じるものは何ですか?
ジュエリーは装飾品以上のものです。それは「心の道具であり、理想的には、身にまとって共に生きる小さな芸術作品—知的好奇心を刺激し、感情を揺さぶり、アーティストの現実を映し出すもの」なのです。あらゆるものがバーチャルでデジタルな「雑音」に満ちた今だからこそ、身につけて共に生きるジュエリーは、本当の意味で「触れられるもの」なのだと思います。
お母様は、フィンランドのジュエリーアートの革新者—アバンギャルドで、勇敢な存在—として知られています。あなたが実際に知っていたその人の中に、それを見出しますか?
パウラは少し違う星から来たような人でした——ううん、未来から来たのかも。彼女は勇敢で、粘り強く、流れに逆らって泳ぎ続けることができる人でした——実際、それも一度や二度ではなく。それは、画一性を求めがちなフィンランド社会において、決して好まれることではありませんでした。それでもなお、本当の意味で母を理解していた人などいたのだろうかと、今でも考えることがあります。それほど、多面的な人だったのです。
お母様の思い出を一言で表すとしたら、どんな言葉になりますか?
「私は、存在すら知らなかった世界に、たどり着いたのです」—ヨハンナ・ハイヴァオヤは、母であり芸術家だったパウラ・ハイヴァオヤの言葉を、そう引用しました。


ヴィジュアルアーティスト、ヨハンナ・ハイヴァオヤ
「コルは かちりと鳴る音
金属のよろこび
笑いと歌
コルは心の道具
コルは贈りもの、アンチコル
小 さ な 彫 刻
objet d'art」
—パウラ・ハイヴァオヤ
カレワラ 90周年—歴史を起点に、新たな一歩へ
パウラ・ハイヴァオヤは、1963年から1967年まで、カレワラ初の女性チーフデザイナーを務めました。当時の代表取締役であったシルヴィア・サルパランタは、彼女に、大胆で未来的なビジョンを自由に実現できる裁量を与えました。2009年12月には、ウニオニンカトゥ店にて、パウラの80歳を祝う記念展を開催しました。これが、彼女にとって最後の展覧会となりました。
カレワラ90周年アニバーサリーイヤーの最初のコレクションとして、「パウラ・ハイヴァオヤ・コレクション」が発表されます。「ヒンメリ」ネックレスは、100%リサイクルゴールドとシルバーを使用し、ヘルシンキの自社工房の金細工職人による手作業で、受注生産にて製作されます(ナンバリング入り、最大90本の数量限定)。さらに、ヒンメリコレクションは新たに「ケハ」コレクションを迎えて展開されます。これは、ハイヴァオヤがデザインしたシルバーのヘアバンドからインスピレーションを得たものです。
コレクションのすべてのジュエリーには、90周年を記念する刻印が施されます。「ハイヴァオヤコレクション」は、2026年10月28日より発売開始となります。

















