カレワラの物語
女性が築き、所有し、率いるブランドとして歩んできた90年の物語と、社会への取り組み
カレワラの始まりは1930年代。作家エルサ・ヘポラウタのもとに、社会活動に取り組む女性たちが集まったことがきっかけでした。彼女たちが願ったのは、祖先の女性たちが身につけていたジュエリーの美しさを現代の女性にも届けること、そしてフィンランドの文化を広く伝えることでした。目指したのは、叙事詩『カレワラ』に描かれた女性を讃える記念像を建てるための資金づくりです。
資金を集めるために選ばれたのは、古代のジュエリーを復刻するという方法でした。フィンランド国立博物館の収蔵品から40点のジュエリーが選ばれ、芸術家ゲルムンド・パーエルがそれをもとにデザイン画を描き起こしました。最初のジュエリーがお披露目されたのは、1937年12月8日。大統領夫人カイサ・カッリオが催したお茶会の席でした。熱い歓迎を受けたこのコレクションは、新たな会社の始まりとなります。こうして、カレワラは誕生したのです。

エルサ・ヘポラウタとカレワラの国際的な広がり
カレワラを創業したエルサ・ヘポラウタは、カレワラを国際舞台にも導いたビジョナリーな存在でした。1939年ニューヨークで開催された万博にカレワラも出展し、その際ヘポラウタはホワイトハウスにも訪れました。そこで当時の米国大統領ルーズベルト夫人、エレノア・ルーズベルトの心をも掴みました。大統領夫人はその時のことについて、自身の『My Day』コラムにも書いています。そのコラムは当時、アメリカ国内で100以上の新聞に掲載されました。
当時、男性中心のビジネス界で、ヘポラウタとアイノ=マリ・メックリンは懸命に情熱をもって働き、アイノ=マリ・メックリンは一代目女性CEOに就任しました。
それ以来ずっと、カレワラは女性によって創立され、所有され、引率されています。1937年創業当初から今も続いています。
彫像のための資金を、困っている人々へ
1939年秋には第二次世界大戦がはじまり、カレワラ女性協会の目指していた彫像建立はいったん中止となりました。なぜなら、エルサ・ヘポラウタ率いる同協会は彫像建立のために集めた資金を、困っている人々のために使うことに決めたからです。
多くの子どもを持つ家庭の母親の休息の場としてマザーズホームを設立し、とりわけ児童養護施設やカレリア地方からの難民のための仮設住宅などを支援しました。戦争傷病者もカレワラの従業員として雇用されました。ジュエリー コレクションのブライダルクラウンはレンタルされ、レンタル収入は戦争で視力を失った人々を支援するために寄付されました。会社の利益の最大 80% がこれらの善行のために使われました。
そしてついに、戦後1945年、エーミル・ハロネンが制作したブロンズ彫像「ロウヒ(ポホヨラの女主人)」が完成しました。
この像は現在、ヘルシンキのカッリオ地区にあるカレワラ女性協会のオフィスに設置されています。
カレワラは1937年以来、人々の日常生活やお祝いの瞬間を美しくしてきました。同じくらい長い間、カレワラのジュエリーは目に見える形で社会に貢献してきています。
「経営は男性に」の提案に「いいえ」と答えた創業者たち
カレワラ創業後、当時フィンランド大統領であったキュオスティ・カッリオは、法律やビジネスは男性に任せ、女性は芸術面に専念すればよいのではないか、と提案しました。強い意志を持つエルサ・ヘポラウタとアイノ=マリ・メックリンは勇敢にもそれには動じず、アイノ=マリが初代CEOに就任しました。
このように、カレワラは最初から女性が率いてきたのです。2019年にキルシ・パーッカリが8代目CEOに就任しましたが、彼女の前任者たちも皆女性でした。
現在でも、カレワラは、1930年代から引き続き活動を継続するカレワラ女性協会によって所有され、協会はフィンランドの文化活動を支援、促進しています。
カレワラは、カレワラ女性協会と協力し、独自の文化財団を通じてフィンランド文化の促進のための助成金を配布しています。カレワラ文化財団は、文化遺産を促進するプロジェクトに対して個人またはコミュニティに助成金を交付しています。
1963年に女性初の主任デザイナーに就任
アートとデザイン業界が男性中心社会であった1963年に、カレワラではすでに初の女性ヘッドデザイナーが誕生していました。ファッションデザイナーであったパウラ・ハイヴァオヤ(1929~2011年)が主任デザイナーに就任。カレワラは先入観なく彼女を主任デザイナーとして迎え入れ、彼女に大胆で未来志向なビジョンを実現するための自由を与えました。
後に、芸術修士のキルスティ・デュカスが長年にわたりカレワラ及びその当時の子会社であるカウニス・コルの主任デザイナーとして活躍しました。
現在、カレワラのクリエイティブ・ディレクターを務めているのはアイノ・アールネースです。彼女は、時代を超えて愛される彫刻的なデザインの理念を受け継ぎながら、デザインハウスとしての表現を大胆に刷新しています。約90年にわたり、カレワラはジュエリーデザインの先駆者として、北欧の自然の力からインスピレーションを得たものづくりを続けてきました。
フィンランドの重要な女性に焦点を当てる
カレワラは、ジュエリーを通じて、フィンランドの社会と文化の発展に大きな影響を与えた数多くの女性にスポットライトを当ててきました。
ジュエリーが捧げられた女性の中には平等活動家のミンナ・カント、ディアコニッサ研究所のオーロラ・カラムジン、そして 北欧で唯一の女性聖人、聖ビルギッタなどがいます。その他に、フィンランドで国際的に最も有名な画家の一人であるヘレネ・シェルフベック、フィンランドで初めて世界的に有名になったオペラスター、アイノ・アックテ、フィンランド現代詩の先駆者であるL.オネルヴァとサイマ・ハルマヤ達も、自身へトリビュートされたジュエリーを受け取りました。
また、フィンランドにおける普通選挙権100周年を記念したジュエリー「女性の声」はすでにデザインのクラシックとしての地位を確立しています。このジュエリーは今でも私たちのコレクションの一部です。フィンランドの公式紋章、雌ライオンのレプリカであるライオンペンダントも同様です。恐れず未来を見つめるフィンランドの「雌ライオン」デザインは、平等や公平、そして正義を大切にするすべての人に捧げられています。
女性の可能性を広げる
私たちは 2017年の春に題名「Untamed Beauty」(日本語訳”あるがままの美しさ”)ブランドフィルムをリリースしました。これはカレワラの最も注目され、愛される作品の 1 つになりました。あるがままの美しさは、女性のイメージを多様化し、女性らしさに関する固定概念に挑戦する、力を与える表現として今でも認識されています。カレワラは、外部からのプレッシャーや期待に関係なく、誰もが自分自身を定義することを奨励したいと考えています。そして、誰もが自分自身と、世界における自分の無限の可能性を信じることを奨励したいと考えています。
女性や少女であることに関連する規範やステレオタイプを問い直す
2017年、カレワラは80周年記念の年に、LätäkkötyttöとSylkevä tyttöジュエリーを発売しました。
キム・シモンソンという彫刻家が制作した同名の陶器彫刻に基づいたジュエリーでは、荒削りな少女たちが自己実現を図ります。彼女たちは水たまりに飛び込むことや、比喩的に社会の規範に向かって唾を吐くことで、少女として彼女たちに期待されたり想定されたりすること、あるいはしないことに関係なく、自分たちの道を進んでいます。
一部の国では、性別によって依然として多くの子供や若者の学習の機会が制限されています。そのため、私たちは2020年にケニアにカレワラトレーニングセンターも設立しました。
利益の1/3はチャリティーと従業員に
2020年、カレワラはその利益の3分の1を、社会貢献と従業員の福祉に充てることを目標に掲げました。
同じ年の春、カレワラはHome Street Home(ホーム・ストリート・ホーム)協会との協業を開始しました。カレワラの資金提供により、Kalevala Training Center(カレワラ・トレーニング・センター)プロジェクトが始動。これは、ケニアのマコンゲニ村において、最も厳しい環境に置かれた若い女性たちに、職業と自立した生計への道を開くものです。
同トレーニングセンターでは、16歳から25歳までの少女・女性を対象に、3つの職業訓練プログラムを提供しています。これまでにKalevala Training Centerを卒業した若い女性は700人以上にのぼり、そのうち78%が就職、起業、あるいは進学のいずれかを実現しています。
Kalevala x vammasettytöt.fi
障害のある女性と少女は、社会において依然として差別され、見えない存在となっている少数派です。カレワラは2022年から2025年まで、「ルセッティ団体」(Rusetti ry)と協力しました。私たちの目標は、障害のある少女と女性が、お互いに力を与え合い、ロールモデルを見つけ、出会い、社会の中で存在を示す機会を生み出すことでした。
カレワラからの資金提供により、障害のある少女による障害のある少女のためのフィンランド初のウェブサイト vammaisettytöt.fiメディアが設立されました。ウェブサイトに加えて、障害のある女の子たちが力を得るためのキャンプを2つ開催しました。






























